ASRockとCapcomのコラボレーションによる「Radeon RX 9070 XT Monster Hunter Wilds Edition」が、Neweggで$699.99の予約価格で登場した。

発売日は2025年11月21日。この価格設定は、AMDが公式に掲げるRX 9070 XTのMSRP $599から$100高い。
しかし、現在の市場状況を冷静に分析すれば、この価格は決して不当ではない。むしろ、AMDのMSRP戦略そのものが持つそもそもの問題を浮き彫りにする好例なのではないだろうか?
MSRP(エムエスアールピー)は「Manufacturer’s Suggested Retail Price」の略で、日本語ではメーカー希望小売価格のことです。
多くの国では独占禁止法により、メーカーが小売店に対して再販売価格を指定することが禁止されているため、メーカーは価格を強制できず、あくまで「希望」として提示するしかありません。小売店は実際にはMSRPより安く販売することも、高く販売することも自由です。
AMDのMSRP戦略は、初期出荷分に限定した価格支援(リベート)によって魅力的な価格を実現する手法です。RX 9070 XTを599ドルで発表しましたが、流通業者から小売店への卸価格がMSRPを上回っているため、AMDが補助金を出すことで成立させています。この支援は数量・期間限定で、売り切れ後は値上がりする仕組みです。NVIDIA製品に対抗する積極的価格戦略として注目されますが、実売価格との乖離が大きく、長期的な価格維持は困難とされています。実質的に「割引適用後の特別価格」として消費者にアピールする戦略です。
目次
製品仕様──リファレンスクロックの限定デザインモデル
ASRock RX 9070 XT Monster Hunter Wilds Editionは、同社のSteel Legendシリーズをベースに、Monster Hunter Wildsの世界観を反映したデザインを採用している。
シュラウドとバックプレートには、ゲームに登場する「Arkveld」モンスターをモチーフとした意匠が施され、アイボリーシルバーとシアンブルーの配色が特徴的だ。
ASRock RX 9070 XT Monster Hunter Wilds Edition
— ゆーかい (@kokoayohane) September 25, 2025
これは欲しいなぁ
日本で売ってくれるのかは分からんけどhttps://t.co/au1ePzgoXp
技術仕様は以下の通りである:
- GPU: AMD Radeon RX 9070 XT(RDNA 4アーキテクチャ)
- メモリ: 16GB GDDR6(256-bit、20Gbps)
- ゲームクロック: 2400MHz
- ブーストクロック: 2970MHz
- 消費電力: 304W
- 電源コネクタ: 8ピン×2
- 冷却システム: トリプルファン設計(Striped Ring Fan)
- 出力端子: DisplayPort 2.1a×3、HDMI 2.1b×1
注目するべきこと…でもないが、このモデルはオーバークロック仕様ではなく、AMDのリファレンスクロックで動作する。つまり、性能面では標準的なRX 9070 XTと同等であり、プレミアムはデザインとブランド価値にのみ付加されている。
冷却機構には、ASRockの技術が投入されている。
Ultra-fit Heatpipe、Air Deflecting Fin、そしてHoneywell PTM7950相変化サーマルパッドを採用し、長期的な冷却性能の維持を図っている。
メタルフレームとフルレングスのメタルバックプレートにより、基板の反りを防ぐ構造設計も施されている。
なお、この製品の日本での発売予定はこの記事執筆時点ではまだ出てない。
$699という価格──市場の現実と乖離するMSRP
ASRockが設定した$699(日本円で約11万円)という価格を理解するには、RX 9070 XT市場の現状を把握する必要がある。
AMDは2025年3月のRX 9070シリーズ発売時、RX 9070 XTのMSRPを$599と発表した。しかし、この価格で実際に製品を入手できる状況は、米国市場ではほとんど実現していない。
現在の実勢価格は以下の通りである:
- 最安値: ASRock Steel Legend $699(Newegg、2025年9月時点)
- 一般的な価格帯: $669〜$750
- プレミアムモデル: $750以上(Sapphire Nitro+などのフラッグシップ)
- MSRP $599での販売: MicroCenterの店舗限定、極めて限定的
つまり、通常の市場流通において、RX 9070 XTを$599で購入することは事実上不可能だ。需要が供給を大きく上回る状況が継続しており、リテーラーは市場価格に基づいた価格設定を行っている。
この文脈で考えれば、ASRockの$699という価格設定は、以下の点で合理的である:
- 市場価格との整合性: 通常版のSteel Legendが$699で販売されている現状において、限定デザインモデルが同価格であることは、むしろ良心的とも言える
- コラボレーションモデルのプレミアム: ゲームタイトルとの公式コラボレーションによる限定デザインモデルに、通常$50〜$100のプレミアムが付加されることは業界標準である
- 付属価値: Monster Hunter Wildsのゲームコードが同梱され、専用のPOLYCHROME SYNC Monster Hunter Editionソフトウェアが提供される
ASRockの戦略的判断──現実主義の価格設定
ASRockは、このモデルにおいて明確な戦略的判断を下している。それは、「理想的なMSRPに縛られるのではなく、市場の現実に基づいた価格設定を行う」という姿勢だ。
この判断には、以下のような背景がある:
製品価値の適正評価
ASRockのSteel Legendシリーズは、同社のラインナップにおいて中上位に位置する製品群である。トリプルファン冷却、高品質な電源回路、堅牢な基板設計を備え、単なる「安価なリファレンスカード」ではない。この品質を$599で提供することは、製造コストとマージンの観点から現実的ではない。
限定性とブランド価値
Capcomとの公式コラボレーションによる限定モデルであることは、製品に付加価値を与える。Monster Hunterファンにとって、このデザインそのものが購入動機となる。ASRockは、この付加価値を価格に反映させることを選択した。
競合との比較
同時期に発売されているプレミアムRX 9070 XTモデル──例えばSapphire Nitro+は$729以上で販売されている──と比較すれば、$699という価格は決して高くない。むしろ、限定デザインという要素を考慮すれば、競争力のある価格設定と言える。
AMDのMSRP戦略は欺瞞ではないか?
ここで問題となるのは、ASRockの価格設定ではなく、AMDのMSRP戦略そのものである。
AMDは、RX 9070 XTのMSRPを$599と設定し、「パートナーにMSRPでの販売を奨励している」と繰り返し主張してきた。しかし、発売から7ヶ月以上が経過した現在も、米国市場において$599での一般流通は実現していない。
AMDは、RX 9070 XTのMSRPを$599と設定し、「パートナーにMSRPでの販売を奨励している」…
AMD: RX 9070 and RX 9070 XT MSRPs are real, but some cards will be priced at a premiumRules of the market?
AMD自身も、この状況を暗に認めている。同社のFrank Azor氏は、「$549/$599のMSRPはローンチ限定の価格ではない」と述べつつも、「パートナーは異なるプレミアム構成を異なる価格帯で提供する」とも付け加えている。この発言は、事実上「MSRP通りの製品は限定的にしか存在しない」ことを認めたものだ。

この状況が生み出す問題は、以下の通りである:
消費者の期待と現実の乖離
多くの消費者は、AMDの公式発表に基づき「$599でRX 9070 XTが買える」と期待する。しかし実際には、その価格での購入機会はほとんど存在しない。この期待と現実のギャップは、消費者の不信感を生む。
リテーラーとメーカーへの不当な批判
実勢価格で販売するリテーラーやAIBパートナー(ASRockのような)は、「MSRPを守らない」と批判される。
しかし、現実の需給バランスと製造コストを考慮すれば、彼らの価格設定は極めて合理的である。批判されるべきは、実現不可能なMSRPを掲げたAMDの戦略だ。
市場の不透明性
AMDのMSRP戦略は、GPU市場の価格透明性を低下させている。
消費者は、何が「適正価格」なのかを判断できなくなり、購入判断が困難になる。
欧州市場では、RX 9070 XTが€629(約$670相当)以下で販売されているケースもある。これは、地域ごとの需給バランスと流通構造の違いを反映したものだ。米国市場において$599が実現しないのは、単純に需要が供給を上回っているためである。
結論──現実的な選択肢としてのMonster Hunter Wilds Edition
ASRock RX 9070 XT Monster Hunter Wilds Editionの$699という価格設定は、現在の市場状況において妥当である。
この製品は、以下のような消費者にとって検討に値する選択肢となる:
- Monster Hunterファン: ゲームの世界観を反映したデザインと、ゲームコードの同梱は、ファンにとって明確な付加価値となる
- 品質重視のユーザー: Steel Legendベースの堅牢な設計と冷却性能は、長期的な使用に耐える品質を保証する
- 現実的な価格で購入したいユーザー: 幻想的な$599のMSRPを待つよりも、確実に入手できる$699で購入することは、機会損失を避ける合理的な判断である
一方で、この製品が向かないのは、「絶対に最安値で購入したい」という消費者である。しかし、そのような消費者にとっても、現在のRX 9070 XT市場において$599での購入は極めて困難であることを理解すべきだ。
購入を検討する際の判断基準は、以下の通りである:
- Monster Hunter Wildsへの関心度
- 限定デザインへの価値評価
- $699という価格を、現在の市場実勢価格と比較して受け入れられるか
- 11月21日の発売日まで待つことができるか
AMDのMSRP戦略の欺瞞性を理解したうえで、現実の市場価格に基づいた冷静な判断を下すことが重要だ。ASRockの$699という価格設定は、理想ではないかもしれないが、現実的な選択肢として十分に検討に値する。
この製品は、AMDのMSRP戦略が生み出した歪んだ市場において、メーカーが取りうる現実的な対応の一例である。消費者もまた、この現実を受け入れ、幻想的な価格に固執するのではなく、実際に入手可能な選択肢の中から最良のものを選ぶという、現実主義的なアプローチが求められている。
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