2025年8月20日、AMDが最新のアップスケーリング技術「FSR 4」の、門外不出であるはずのソースコードを、なんとインターネット上に丸ごと公開してしまった。
これは開発者向けのツールを公開する際の手違いだったらしいが、一度ネットの海に放たれた情報はもう誰にも止められない。AMDはミスに気付き、直ちに公開を停止したが、公開されていた僅かな時間の間に、世界中の技術者たちがコードを複製しており、その拡散を止めることは困難な状況となっている。
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一体何がヤバいのか?もう後には引けない「MITライセンス」
「ソースコードが漏れた」と聞いてもピンとこない人もいるだろう。例えるなら、老舗のラーメン屋が秘伝のタレのレシピを全世界に公開してしまったようなものだ。しかもご丁寧に、「このレシピ、自由にアレンジして自分の店で出してもいいですよ」というお墨付き(MITライセンス)まで付けてしまった。
こうなると、AMDが後から「公開は間違いでした、使うのはやめてください」と言っても法的な拘束力はほぼない。この瞬間、FSR 4はAMD一社の技術ではなく、世界中の開発者が自由に使える「公共財」になってしまったわけだ。これは、自社のGPUでしか使えないように技術を囲い込んでいるNVIDIAのやり方とは全く違う、予想外の展開だ。
希望の光?流出コードが示した「旧世代サポート」の可能性
そもそもFSR 4は、最新GPU「Radeon RX 9000」シリーズ(RDNA 4)に搭載された、新しいAI専用回路を使って動かす前提の技術だった。本来は前世代のRX 7000シリーズ(RDNA 3)ユーザーには縁のない技術のはずだった。
しかし、話はここで終わらない。流出したコードを解析したところ、RX 7000シリーズでも動作できるように設計されていたのだ。具体的には、「INT8」という、RX 7000シリーズでも処理できる命令形式のプログラムが見つかった。
つまり、AMDは表向き「次世代専用」と言いながら、裏では旧世代のGPUでFSR 4を動かすことを検討していた可能性が高いということだ。これには正直、胸が熱くなった。
ただし、RX 7000シリーズでFSR4を使うのは現実的ではない
実はこの流出事件の数ヶ月前、ある熱心なユーザーが、RX 7900 XTXでFSR 4を無理やり動かすというテストを行っていた。結果としては「画質は確かに綺麗になるが、フレームレート(コマ数)がガクッと落ちる」というものだった。
今回の流出で判明した「INT8」のコードを使えば、当時のような無茶な動かし方よりはマシになるだろう。だが、根本的な問題は変わらない。FSR 4は、例えるならF1カーのシャーシだ。そしてRX 9000シリーズはそのF1エンジンに相当する。このF1のシャーシに市販車のエンジン(RX 7000シリーズ)を載せても、本来のシャーシ性能は到底発揮できない。F1カー(RX 9000シリーズ)のようなタイム(フレームレート)を出すことは不可能なのだ。
旧世代GPUでFSR 4を使えば、美しいグラフィックと引き換えに、ゲームの快適さが失われる可能性が高い。そもそもFSRのようなフレーム生成機能は、GPUの性能をより引き出すために存在する。いくら画質が良くなったとしても、最も重要なフレームレートが落ちてしまえば、元も子もない。
結論:ゲーマーは今後どうすべきか
さて、ここからが本題だ。この騒動を受けて、我々ゲーマーはどう動くべきか。
【Radeon RX 7000シリーズを今使っている人へ】
これは「予想外のボーナス」くらいに考えておくのがいいだろう。コミュニティの力で、将来的に「性能低下はそこそこに、画質は向上する」という便利なツールが登場するかもしれない。ただ、それに過度な期待は禁物だ。今のFSR 3でも十分に高性能であり、君のGPUの価値が落ちたわけでは全くない。
【これからGPUを買おうとしている人へ】
今回の件で、「安くなったRX 7000シリーズを買ってFSR 4を待つ」という考えが頭をよぎるかもしれないが、あまりお勧めしない。
- FSR 4と最新のレイトレーシングを最高の設定で楽しみたいなら、間違いなくRadeon RX 9000シリーズを待つべきだ。 これが最も確実で、後悔のない選択になる。
- RX 7000シリーズを選ぶのは、あくまで「今の性能と価格」に納得できる場合だ。 コストパフォーマンスは非常に高い。特にRX 7900 XTXのようなVRAM(ビデオメモリ)を大量に積んだモデルは、4K解像度でゴリゴリ遊びたい人や、AI(LLM)を動かすような特殊な使い方をする人には、今でも最高の選択肢の一つだ。
今回の流出は、AMDが旧世代ユーザーを意図的に切り捨てたわけではなく、技術的に最適な組み合わせを追求した結果であることを、皮肉にも示している。現場の人間として言えるのは、メーカーが意図した通りの組み合わせで使うのが、結局は一番快適でトラブルも少ないということだ。この騒動に踊らされることなく、自分の使い方と予算に合った、確かな一台を選んでほしい。
筆者の考察
今回の流出劇、単なる「うっかりミス」で済ませるにはあまりにも根が深い。これはAMDという企業がその内に宿す、二つの顔の衝突が引き起こした事故ではないだろうか。
一つは、「オープンソースの伝道師」としての顔だ。NVIDIAがDLSSという「エコシステム」を築き、自社製GPUの購入をユーザーに強要する帝国的な戦略に対し、AMDはFSRを誰でも使えるオープンな技術として解放した。それはなぜか?単なる慈善事業ではない。明確な戦略的メリットがあったからだ。
FSRがオープンソースであったことの最大の強みは、「あらゆるユーザーを味方につける」という一点に尽きる。古いGPUのユーザーも、そして驚くべきことにNVIDIAのGPUを使うユーザーさえも、FSRの恩恵を受けることができた。これは、特定のハードウェアにユーザーを縛り付けるのではなく、技術そのものの魅力で開発者とユーザーの支持を得るという、共和国的な思想だ。結果、コミュニティは熱狂し、非公式なMODによってFSRは爆発的に普及した。これこそがAMDの築いた「正義」であり、巨大な帝国に対抗するための唯一にして最強の武器だった。
そしてもう一つが、「ハードウェアで稼ぐ企業」としての顔だ。FSR 4で初めてAI専用回路を必須としたのは、紛れもなく「最新のRX 9000シリーズを買わせる」ための強力な一手になるはずだった。ここで初めて、AMDは共和国の理念を曲げ、NVIDIAと同じ土俵に上がろうとしたのだ。
流出したコードに旧世代向けの「INT8」が残っていたのはなぜか。それは、AMDの中に「オープンであるべきだ」という建国の魂と、「新製品を売りたい」というビジネスの現実との間に、壮絶な葛藤があったからに他ならない。完全に非情になりきれなかった技術者たちの良心が、そこに宿っていたと信じたい。
この一件は、技術の進化とは何かを我々に問いかけている。それは、メーカーが管理する閉じた箱庭の中だけで進むものなのか?否、だ。今回のように、一つの偶然がコミュニティという起爆装置に火をつけ、メーカーの意図さえ超えた進化を促すことがある。
結論を言おう。この流出は、AMDにとっては失態だろうが、我々ユーザーにとっては、技術の民主化が始まる狼煙(のろし)なのかもしれない。企業が敷いたレールの上をただ走るのではなく、我々自身が技術の可能性を探求できる時代の到来だ。
AMDがこの後どう動くか。コミュニティの熱意を受け入れてオープン化に舵を切るのか、それとも頑なに「次世代専用」の建前を守ろうとするのか。その決断は、AMDが今後、ユーザーから「仲間」として見られるか、それとも単なる「売り手」として見られるかを決める、重要な分水嶺となるだろう。実に興味深い。
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