「学校や会社で使うかもしれないから、ついでにオフィスソフトも入れておくか」
これは、PCショップの現場で、本当によく耳ににする言葉だ。ご丁寧に「セットでお得!」などと表示され、ついチェックボックスにチェックを入れそうになる気持ちは理解できる。
だが、PC販売の現場とITの最前線に立つ我々の視点から、敢えて断言させてもらう。ゲーミングPCにMicrosoft Officeをインストールするのは、ほとんどの場合において不要な投資だ。 それは、PCに詳しくない層をターゲットにした、実に巧妙なビジネスモデルだとさえ言える。
この記事では、PCショップ店員としての販売経験と、現役エンジニアとしての技術的知見から、なぜゲーミングPCにオフィスソフトが不要なのか、その論理的根拠を徹底的に解説していく。無駄な出費を抑え、その予算をCPUやグラボのアップグレードに回すための、プロの視点を提供しよう。
目次
根拠1:Googleの無料ツールで全て事足りる
まず、冷静に事実を評価してほしい。一般的に「オフィスソフト」で想定される作業とは何だろうか。
- 文書作成 (Word)
- 表計算 (Excel)
- プレゼン資料作成 (PowerPoint)
エンジニアの視点から見ても、これらの作業はGoogleアカウント一つで全て無料で、かつ実用上十分なレベルで実行可能だ。
- Google ドキュメント (Wordの代替)
- Google スプレッドシート (Excelの代替)
- Google スライド (PowerPointの代替)
「しかし、互換性の問題があるのではないか?」これはPCショップで最も多く受ける質問の一つだ。心配は無用である。現在のGoogleツール群は、Microsoft Office形式(.docx, .xlsx, .pptx)のファイルを直接開き、編集し、同形式で保存する機能を標準で備えている。
法人間のやり取りならまだしも、個人用途でファイルの互換性が問題になるケースは、もはや皆無と言って差し支えない。
加えて、クラウドベースであることの利便性は計り知れない。作成したファイルは自動でGoogleドライブに保存され、どのPCからでも、スマートフォンからでもアクセス・編集が可能だ。URLを共有するだけでリアルタイムの共同編集ができる機能は、ローカルファイル中心のOfficeにはない、圧倒的なアドバンテージである。
約2万円から4万円もする高価なソフトウェアの機能が、そのほとんどを無料で実現できる。この技術的な現実がある以上、オフィスソフトに金を払うという選択は、もはや合理的とは言えないだろう。
根拠2:オフィスソフトが必須なのは「レガシーな職場環境」のみ
もちろん、Microsoft Officeが完全に無価値なソフトウェアだと言うつもりはない。特定の環境、特定の条件下においては、依然として必須のツールであり続ける。
それは、「レガシーな社内システムに縛られ、過去に作られた大量のExcel資産に依存している職場」だ。
一部の企業では、方眼紙のようにセルを駆使した複雑な申請書や、特定の担当者しかメンテナンスできないマクロで構築された業務ツールが、今なお現役で稼働している。このような「Excelでしか動かない」と固く信じられているシステムは、Googleスプレッドシートではレイアウト崩れやマクロの非互換といった問題を起こす可能性がある。
会社の業務が、これらのファイルなしには成り立たないというのであれば、Microsoft Officeを使い続ける以外の選択肢はない。
しかし、それはあくまで会社の業務上の都合だ。我々がプライベートな趣味のために購入するゲーミングPCに、その会社の古い慣習を持ち込む必要は全くない。個人利用に限れば、そのような特殊な互換性を考慮する必要性はゼロに等しい。
根拠3:マクロ?「Google Apps Script(GAS)」という優れた代替技術
「高度な自動化やマクロを組むなら、やはりExcelのVBAが必要だ」という意見を持つ方もいるだろう。VBA(Visual Basic for Applications)が強力なスクリプト言語であることは事実だ。
だが、エンジニアの立場から言わせてもらうと、それも過去の常識になりつつある。現在ではGoogle Apps Script (GAS) という、よりモダンで強力な代替技術が存在する。
GASはWeb標準技術であるJavaScriptをベースにしており、WebAPIや外部サービスとの連携が非常に容易だ。そして何より、Googleの各種サービス(Gmail, カレンダー, ドライブ等)とネイティブで連携できる点が最大の強みと言える。
- スプレッドシートの値をトリガーに、自動でGmailを送信する
- Webサイトから情報を定期的に取得し、スプレッドシートに蓄積する
- Googleフォームの回答を自動で整形し、カレンダーに予定として登録する
これらの処理は、VBAで実装するよりもGASを使った方がはるかにシンプルかつ柔軟に構築できる場合が多い。純粋なローカル処理速度ではVBAに分がある場面もあるが、Webとの親和性や開発の容易さといった総合力で、GASはVBAに全く引けを取らない。
そもそも、個人のゲーミングPCで、そこまで複雑なマクロを日常的に利用するシーンがどれほどあるだろうか。大半のユーザーにとっては、無用の長物でしかないはずだ。
根拠4:ゲーマーとPCのプロ視点から不要と言い切れる理由
最後に、PCショップ店員とエンジニア、双方の視点から、なぜオフィスソフトが不要なのかを改めて強調したい。
- システムリソースの最適化: ゲーミングパフォーマンスを最大化したいのであれば、バックグラウンドで動作する不要な常駐ソフトは一つでも減らすのが鉄則だ。Officeのライセンス認証やアップデートサービスは、わずかとはいえシステムリソースを消費する。
- ストレージの有効活用: 近年のAAAタイトルは100GB超の容量を要求することも珍しくない。貴重な高速SSDの容量を、年に数回しか起動しないオフィスソフトのために占有させるのは、ストレージ設計の観点から見て非効率だ。
- コストパフォーマンスの最大化: PCショップ店員として、最も訴えたいのがこの点だ。オフィスソフトに支払う約2万円という予算があれば、PCの構成は劇的に変わる。メモリを16GBから32GBへ、NVMe SSDを500GBから1TBへ。あるいは、ワンランク上の電源ユニットを選んでシステムの安定性を高めることもできる。どちらがゲーミング体験の向上に直結する投資かは、議論の余地もないだろう。
まとめ:賢いユーザーはオフィスソフトに金を払わない
PC販売と開発のプロとして、改めて結論を述べさせてもらう。現代のゲーミングPCに、高価なオフィスソフトを安易に追加する必要は全くない。
- 日常的なオフィス作業は、無料で高機能なGoogleのツールで完全に代替できる。
- 互換性の問題は、個人利用においては無視できるレベルにまで解消されている。
- 高度なマクロも、よりモダンなGASという技術で代替可能だ。
- コスト、リソース、ストレージのあらゆる観点から見て、ゲーマーにメリットはない。
BTOメーカーが表示する「オフィスソフトセット」は、あくまで選択肢の一つに過ぎない。その必要性を冷静に見極め、浮いた予算をより重要なパーツに再投資する。それこそが、情報に踊らされない、論理的で賢明なPCユーザーの選択だと断言する。
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